ところで、ユーロが誕生する前後に、日本人がユーロについて耳にし、目にした分析・見解は、偏見を多く含む英米メディアのものが中心でした。つまり、エコノミスト誌(英国)やウォール・ストリート・ジャーナル紙(米国)などに典型的に見られた「ユーロは構造的欠陥を抱えているから、うまくはいかないだろう」といった悲観論です。
こうした英米のメディアは、当時不良債権問題と格闘していた日本の政治・関係者の努力もあまり評価しようとはしませんでした。こうしたものの見方は、ドイツ語で言うシャーデンフロイデ、つまり(妬み心から)他人の不幸を密かに喜ぶ心情に似たものがあるようにも思われました。また、そうした論調は、今日も、ユーロ圏や日本が困難に直面するたびに繰り返される傾向があり、大きく変わったとも言い切れないように思います。しかし、ユーロのお膝元で通貨統合、中央銀行立ち上げを進めている当事者、国民の見方は全く違い、先に述べたように、自分たちの成果に自信を深めつつ、冷静な判断をしていました。
そうした「現実」と、日本で流布する偏った英語報道の「ギャップ」を埋めるべく、つまり「英語メディアだけに基づいて、日本の当局者がユーロの先行きを予想することはとても危険だ」ということを正しく伝えるべく、現地から一生懸命レポート(日銀文学)を綴ったわけです。