第8回ピボット

ファンドマネージャーとして働いた11年間は激動の時代だった。日経平均株価が1日の最大の下げ幅を記録した1987年のブラックマンデー、バブル時代の日経平均株価の最高値38,915円(1989年12月)、その最高値から坂道を転げ落ちるかのような大暴落を金融の最前線で経験することができた。このことがファンドマネージャーとしての自分を育ててくれた。
自分を育ててくれた経験としてもう一つ、ファンドマネージャーとして珍しい経験をしている。それは日経225およびTOPIXの先物のディーラーとしての経験である。
これらの指数先物は1988年に導入されたのだが、同時に多くのテクニカル分析が海外より紹介された。そのテクニカル分析を研究し、実践の中で使用するために、会社に懇願し、ファンドマネージャーをしながら、先物のディーラーとして自己売買できる許可をもらったのだ。1990年の頃である。
当時、株価指数先物のトレードの世界で一番使われていたのが、今回紹介するピボットである。

■ピボットとは

ピボットというのは、回転軸を意味する。
つまり、価格の軸(水準)からどれだけ離れた水準に、レジスタンス水準である売り、サポート水準である買いがあるのかを計算する。

まずはその軸となる水準を算出することから、ピボットは始まる。

ピボット(P)=(H+L+C)÷3

H:前日の高値 L:前日の安値 C:前日の終値

前日の高値と安値だけでなく、終値を加えて3で除すことで、前日の取引での強弱のポイントが分かると考える。

仮に、高値(H)と安値(L)の値幅の中間(仲値)が終値(C)だとすると、ピボット(P)の値は終値と同値となる。すなわち、高値を「上昇力」、安値を「下落力」とすると、その中間にピボットが位置することになる。これは同事線(ローソク足で、始値と終値が同じだった場合に1本の横線で示される線のこと)を例にするとわかりやすい。高値と安値の中間に終値があることから、翌日以降はどちらかの方向にエネルギーが向かうか判断できる。
もし、終値が仲値水準よりも高いのであれば上昇エネルギーが、逆に仲値水準よりに低いのであれば下落エネルギーが強いと判断する。

これは運用業務に携わった者がよく使う「場味」(ばあじ)という感覚に似ている。
つまり、終値にかけてどのような値動きをするのかが、翌日の値動きを考えるのに参考になるというものである。終了時間にかけて値を上げて終わる。すなわち、締まった感覚で終わると翌日も堅調な展開でスタートするであろうとする感覚(場味)、逆にダラダラと下落して終わると翌日も軟調な展開からスタートするであろうと考えられる感覚(場味)になるのだ。

ピボットとは

ということは、終値が仲値よりも高水準であれば上昇力が、低水準であれば下落力が強いと判断することができる。
そして、その強弱が翌日のトレードに影響すると考えるのがピボットの基本的な考え方である。

ピボットとは 上昇力がある
ピボットとは 下落力がある

■レジスタンスラインとサポートライン

前日の値動きを参考に求めたピボットをどのようにトレードに役立たせるのか。まず、レジスタンスライン1(R1)とサポートライン1(S1)を求める。

レジスタンスライン1(R1)=P(ピボット)×2-L(前日の安値)
サポートライン1(S1)=P×2-H(前日の高値)

このレジスタンスライン1(RI)とサポートライン1(S1)がピボット(P)という軸から離れた売買ポイントとなる最初の価格である。

更に、もう一段、幅を広げたレジスタンスライン2(R2)とサポートライン2(S2)を求める。

レジスタンスライン2(R2)=P+(H-L)
サポートライン2(S2)=P-(H-L)

具体的に数字を入れて考えてみよう。
前日の高値:110円
前日の安値:100円
前日の終値:108円
と仮定する。

ピボット(P)=(110 + 100 + 108)÷ 3 = 106

レジスタンスライン1(R1)= 106 × 2 - 100 = 112
サポートライン1(S1)= 106 × 2 - 110 = 102

レジスタンスライン2(R2)= 106 +(110 - 100)= 11
サポートライン2(S2)= 106 -(110 - 100)= 96
となる。

■ピボットの使い方

ここで基本的なピボットの使い方を紹介しよう。
価格が上昇しレジスタンスライン1(R1)に到達した時には、レジスタンス、すなわち上昇も抵抗されると考えて「売る」ことになる。
(例)112円に到達ないし接近することで「売り」

逆に、価格が下落しサポートライン1(S1)に到達した時には、サポート、すなわち下落も支えられると考えて「買い」となる。
(例)102円に到達ないしは接近することで「買い」 

つまり、逆張りが基本的な使い方になる。

しかし、値動きというのは計算通りになるものではない。
上昇も下落もレジスタンス1(R1)やサポートライン1(S1)で止まらない場合がある。
そこで、レジスタンスライン1(R1)を超えた時には、レジスタンスライン2(R2)まで上昇すると考え、「買い」に変更、レジスタンスライン2に接近ないしは到達することで「売る」ことになる。
(例)112円を超えた時には、「売り」から「買い」に転換して116円に接近するないしは到達した段階で「売る」ことになる。

逆に、サポートライン1(S1)を割り込んだ場合には、サポートライン2(S2)まで下落すると考え、「買い」から「売り」に転換し、サポートライン2(S2)に接近ないしは到達した段階で「買う」ことになる。
(例)102円を割り込んだ場合には、「買い」から「売り」に転換し96円に接近ないしは到達した段階で「買い」となる。

■逆張りから順張り

実はピボットにはレジスタンスライン2(R2)とサポートライン2(S2)の外側に、それぞれもう一つ水準が存在する。
それがHBOPとLBOPである。

HBOP=2P-2L+H
LBOP=2P-2H+L

上述した例の数字を当てはめると以下のようになる。
HBOP= 2 × 106 -2 × 100 + 110 = 122
LBOP= 2 × 106 -2 × 110 + 100 = 92

つまり、ピボット(P)からレジスタンスライン1(R1)、レジスタンスライン2(R2)そしてHBOP、またサポートライン1(S1)、サポートライン2(S2)そしてLBOPと、それぞれ3段階の売買のポイントが存在するのである。そして、レジスタンスライン2(R2)を超えて上昇をした場合にはHBOPまでの上昇、サポートライン2(S2)を割り込んだ場合にはLBOPまでの下落を考える。
(例)116円を超えた場合にはHBOPの122円まで上昇すると考える。
   96円を割り込んだ場合にはLBOPの92円まで下落すると考える。

ただし、HBOPを超えた場合にはもち合いから上放れたと判断し買いを
LBOPを割り込んだ場合にはもち合いから下放れたと判断し売りを
つまりは順張りとなる。
(例)122円を超えると上放れたと判断して上昇トレンドを考える。
   92円を割り込むと下放れたと判断して下落トレンドを考える。

ここで、それぞれの価格を線で結んで実際のチャートで表示すると以下のようになる。

ピボット チャート

■1990年代のピボット

ピボットを使って株価先物のディーリングを始めた時にワクワクしていたのを、今でも覚えている。
これらの公式で算出した価格付近で反応する株価先物に、不思議さと驚きを持って、日々、過ごしていたのである。

当時、ピボットを表示できるチャートは無かったことから、各人が電卓で計算していた。周りからも「良いタイミングで売買しているね」と言われていた。
しかし、しばらくすると、レジスタンスライン1(R1)に接近するかなり手前で値が戻ったり、サポートライン1(S1)を割り込んでもS1を少し割り込んだ段階、すなわちサポートライン2(S2)まで届かぬ水準で上昇に転じたりするケースが増えてきた。
おそらく多くのディーラーが同じようにピボットを計算する。
当然、その値は同じ値になるのだが、我先に行動をして利益を出したいという欲望より各ディーラーはレジスタンスライン1(R1)やサポートライン1(S1)の数値の手前で行動に移す。そうした早い者勝ちという動きがピボットの効果を薄めてしまったという考えが広まり、多くのディーラーはピボットの名前を忘れていった。
ところが、ここ数年、FXの世界でピボットが注目されている。株価指数の先物が始まった頃の市場参加者とFXの世界での市場参加者ではその数において雲泥の差がある。
市場参加者が多ければ多いほど一人の参加者の影響は薄くなるのは自明のことである。故に、FXの世界でピボットが活躍する場が用意されているのかもしれない。

▼ 筆者: 川口 一晃(かわぐち かずあき)氏

川口一晃氏

金融ジャーナリスト・経済評論家

1986年銀行系証券会社に入社。資産運用業務に従事。その後も銀行系投資顧問(現・三菱UFJ国際投信)三洋投信会社で11年間ファンドマネージャーを務める。
その後、ブルームバーグL.Pに移りアプリケーションスペシャリストとして投信の評価システムを開発し、ブルームバーグL.Pを投信の評価機関にする。
1992年ペンタゴンチャートに出会い、方眼紙に手書きでペンタゴンチャートを描き始める。以降、現在に至るまで分析を続けており、国内第一人者として多数の著書を持つ。
そして外資系証券会社等を経て2004年10月に独立、オフィスKAZ 代表取締役に就任。
現在までテレビ番組やラジオなどメディア出演は多数。「SMAP×SMAP」では木村拓哉氏とも対談。最近では、テレビ朝日のドラマ「アイムホーム」をはじめ、フジテレビの月9のドラマの監修も担当。行動経済学学会会員。