第7回ストキャスティクス

若い頃は海が好きであった。夏になると愛車のハンドルは海へと向き、車内のカーステは海へと誘うサウンドが鳴り響いていた。海が好きだったせいか、寄せてくる大小の波を受けながら揺れ動くヨットを思い浮かべながら、その光景はまるで価格変動の中で闘う相場師のようであると思ったのは、証券会社に入社した時のことであった。しかし、歳を重ねていくうちに、海よりも山の方が好きになっていった。山が好きになった頃に、一度だけ、富士山に登ったことがある。5合目までは車で行きそこから登り始めたのだが、6合目から7合目に行くまでは「こんなものか」と思っていた。しかし、7合目から8合目、そして宿泊する8合目半の山小屋までの過程で、富士登山の厳しさを思い知ることになった。7合目から8合目、すなわち富士山の高さの70%から80%、わずか10%を登るまでに要する時間。そして、80%の8合目から85%の8合目半までわずか5%を登るのに要する時間。7合目までに要する時間と雲泥の差なのである。「もうそろそろ」、「もうじき」と自分に言い聞かせながら、疲労と闘いながら必死に登ったことを昨日のことのように覚えている。

ところで、富士山の高さの70%から80%に向かう「もうそろそろ」、80%から85%に向かう「もうじき」という感覚は相場の「そろそろ」という感覚に似たものがある。つまり、その高さ全体における現在の位置がどこにあるのかを把握することで、その「そろそろ」感を掴むことができるからである。この感覚を利用したのが、今回紹介する『ストキャスティクス』である。

■考え方

ストキャスティクスというのは、「任意の期間の値幅の中で、現在の価格がどの水準にいるのか」を知ることで、買われ過ぎ・売られ過ぎを把握するオシレーターのテクニカル分析である。上述した例で言えば、山の高さが値幅であり、現在価格が自分のいる位置となる。
例えば、5日間の値動きを調べたところ、安値が100円で高値が110円であったとしよう。
期間の値幅は10円である(110円-100円)。その時の現在値が108円であったとすると、現在の位置というのは値幅の80%の水準にあると計算される。

値幅は  110円-100円=10円

現在値の水準は 108円-安値(100円)=8円 8円÷10円×100%=80%

上昇している時には終値は期間の値幅の上位に位置する傾向が強く、下落している時には終値は期間の値幅の下位に位置する傾向が強くなる。
したがって、ある期間の値幅を算出し、現在値がどの水準にあるのかを計算することで、投資家が持っている「そろそろ」という感覚を数値で表すことができるとしているのである。

(値動きの例)

値動きの例

■計算式

ストキャスティクスでは、『%K』と『%D』という数値を求める。

  1. %K

    %Kとは、期間の値幅に対して現在値がどの水準にあるのか、ということである。
    すなわち、前出した例であれば、10円値幅の中で8円の水準に現在値がある、つまり80%という数字を求める。これが%Kである。
    式は以下のようになる。

    %K

    日足であれば日々の%Kを求めることになる。

    つまり、月曜日に計算した%K、火曜日に計算した%Kそして水曜日に計算した%Kと毎日計算することになる。

  2. %D

    %Dは、この%Kの単純移動平均で、3日平均を算出する。
    つまり、月曜日に算出された%K(%K1)と火曜日に算出された%K(%K2)そして水曜日に算出された%K(%K3)を合計して3で割ることで求める。

    %D

    そして、この%Dが『ストキャスティクス』となる。

■判断基準

ストキャスティクスの売買シグナル(買われ過ぎ・売られ過ぎ)の判断基準は、RSI同様、70%以上が『買われ過ぎ』、30%以下が『売られ過ぎ』となるのだが、特に、%Dが80%を超えた買われ過ぎからの反転、20%以下になった売られ過ぎからの反転は有効であるとされている。

■パラメーター

さて、具体的にストキャスティクスを設定してみたいと思う。

パラメーター

テクニカル指標設定の画面を見ていただきたい。矢印で示したストキャスティクスを選択すると、四角で囲った部分にストキャスティクスが表示される。
ここで重要となるのが、点線で囲った数値である。これがパラメーターである。
ここでは『14』が設定されている。つまり、日足であれば、14日間の値幅を%Kで計算しているということを意味している。

では%Dの『3』は言うと、これは既に、自動的に『%Kを3日平均する』と設定されているが故に、表示されていない。つまり、ここで重要になるのは、%Kの期間、パラメーターをどのように設定するのかということである。

さて、ストキャスティクスの開発者はこの期間を実は「5日間」として発表している。
しかし、筆者の経験から言えば、5日間という期間は短か過ぎると考えている。

(%K5日間のストキャスティクス)

%K5日間のストキャスティクス

5日間のストキャスティクスを見ると、特に点線(上方)で囲った部分、すなわち下落が続いている中においても短期間で値を戻す場面があるとストキャスティクスの数値が上昇に転じてしまっているのがわかる。
下落トレンドにもかかわらず、ストキャスティクスに買いシグナルが点灯(売られ過ぎからの反転)したと考えて、買いのエントリーをした人がいる可能性がある。

実は筆者の経験から、%Kのパラメーターは13日から25日までの期間で選択する方が効果的であると考えている。

(%K20日のストキャスティクス)

%K20日のストキャスティクス

点線の部分を見ると、売られ過ぎ状態が続いているのがわかる。

故に、ストキャスティクスを使う場合には、長めの期間を選択することをお勧めしたい。

■スローストキャスティクス

実は、ストキャスティクスにはもう一つ、『スローストキャスティクス』という考え方がある。
買われ過ぎ・売られ過ぎの判断基準を更に緩やかにすることによって、有効な売買シグナルを出そうとするものである。
スローストキャスティクス(SD)は日々算出したストキャスティクスを更に3日平均して求める。すなわち、月曜日の%D、火曜日の%Dそして水曜日の%Dがあれば、これを合計して3で割ることによって求める。

スローストキャスティクス

そして、%DとSDのクロスが有効な売買シグナルとされている。

ここでは、%Kを20日にして求めたストキャスティクス(%D)とスローストキャスティクス(SD)を見てみよう。

%Kを20日にして求めたストキャスティクス(%D)とスローストキャスティクス(SD)

ここでは、%D(青線)とSD(赤線)が表示されている。
%DがSDの下方から上方へと越えたクロスを買いシグナルで赤丸、逆に%DがSDを上方から下方へと割り込むクロスを売りシグナルとして青丸で表示している。
値動きの大きなポイントはしっかりと捉えているのではなかろうか。個人的には、特に高値および安値の付近では%DおよびSDがはっきりと反応していると考えている。故に、ストキャスティクスは多くの投資家の役に立てるテクニカル分析ではないかと思っている。

▼ 筆者: 川口 一晃(かわぐち かずあき)氏

川口一晃氏

金融ジャーナリスト・経済評論家

1986年銀行系証券会社に入社。資産運用業務に従事。その後も銀行系投資顧問(現・三菱UFJ国際投信)三洋投信会社で11年間ファンドマネージャーを務める。
その後、ブルームバーグL.Pに移りアプリケーションスペシャリストとして投信の評価システムを開発し、ブルームバーグL.Pを投信の評価機関にする。
1992年ペンタゴンチャートに出会い、方眼紙に手書きでペンタゴンチャートを描き始める。以降、現在に至るまで分析を続けており、国内第一人者として多数の著書を持つ。
そして外資系証券会社等を経て2004年10月に独立、オフィスKAZ 代表取締役に就任。
現在までテレビ番組やラジオなどメディア出演は多数。「SMAP×SMAP」では木村拓哉氏とも対談。最近では、テレビ朝日のドラマ「アイムホーム」をはじめ、フジテレビの月9のドラマの監修も担当。行動経済学学会会員。