第5回MACD

第3、4回のコラムで、トレンドを分析する手法の一つとしての「移動平均線」を紹介した。ある期間における終値の合計をデータの個数で除して求める平均値を繋いだ線を「移動平均線」という。
そして、その移動平均線が向かっている方向にトレンドが出ていると考えるのである。
上昇トレンドに転換したら買い(ロング)ポジションを基本に、逆に下落トレンドに転換した売り(ショート)ポジションを基本に行動する。

しかし、相場という大海原の中で繰り返されるトレンドという波に揺られていると、一つの欲望が頭をもたげる。それは「他人よりも早くトレンドの転換を知りたい」という欲望である。なぜならば、移動平均線を見ていると、そのトレンドの転換は天井や底値の後に現れる。天井や底値と同時に移動平均線が反転、つまり、上昇トレンドから下落トレンド、下落トレンドから上昇トレンドに転換するものではない。そこには、少なからずタイムラグが存在する。

そこで、一つのアイデアが頭に浮かぶ。「投資家が知りたいのは未来の価格であり、未来の方向である。未来の方向を知るにあたって、一番役に立つ価格というのは、いつの価格であろうか。それは『直近の価格』である。それならば『直近の価格』に比重を置くことで、未来の価格・方向性を知るヒントになるのではなかろうか」と。
10日移動平均線を例に取れば、明日の価格を知るのに、10日前の価格と直近の価格ではどちらが参考になるのか、ということである。おそらくは直近の価格であろう。

筆者は、1980年代後半、まだ店頭に並び始めたばかりのパソコンを購入し、自宅で表計算のソフト(当時はロータス123というソフト)を使い研究した。
直近の価格に比重を置いた移動平均線を考えることで、相場の転換点を早く知ることができるのではないのか、ということである。
当時、筆者が考えたのは、本日の価格を2倍、昨日の価格を1.5倍、2日前の価格を1.2倍にして移動平均線を求めるというものであった。しかし、残念ながらこの方法は当初期待していたほどの効果を得ることなくお蔵入りとなった。

ところが、1990年代に入ってあるテクニカル分析に出会うことになる。
これが『MACD』である。

MACDの基本は移動平均線を使うことにあるのだが、その移動平均というのは単純な移動平均とは違う。まさしく、直近の価格に比重をかけた移動平均なのである。これを日本語でいうと『指数平滑移動平均』という。

例えば、10日指数平滑移動平均であれば、1日から9日目までは単純移動平均と同じ計算となる。ポイントは本日(10日目)である。10日目の価格をデータとして、2個加える。

10日を例に取ると以下のようになる。

MACD

ポイントは10日目のデータを「2倍にする」ということではく、「2個加える」というところである。2倍にすると、データの数は10個のままになるので、分母は「10」となるのだが、2個加えるとデータの数が11個になることで、分母は「11」になる。

筆者が80年代に試みた移動平均線は価格を2倍、1.5倍、1.2倍にしながら、データ数は10、つまり分母が10のままであったことから、分子の数値がかなり大きくなってしまっていたのだ。平均値と呼ばれる数値からもかなり乖離していた。

この指数平滑移動平均線の公式を見た時、心の中で大きく「なるほど!」と頷いたのを覚えている。

指数平滑移動平均線と単純移動平均線を比較すると、指数平滑移動平均線の方が直近のデータに比重がかかっている分、天井や底値を示現して反転する時間が単純移動平均線よりも早くなることが考えられる。

下図を見ていただきたい。
矢印で示した部分は指数平滑移動平均線が反転した箇所であり、「トレンドが変わった」という合図になっている。
丸印は単純移動平均線が反転した箇所である。
これを見ても、指数平滑移動平均線が単純移動平均線よりも早く反転しているのがわかるであろう。
なお、ここではパラメーターを「12」としている。

トレンドが変わった

■MACDの考え方と公式

指数平滑移動平均線の英語表記は『Exponential Moving Average』であることから、以下『EMA』と表示する。単純移動平均線は『SMA』とする。

さて、MACDは2つ(短期、長期)のEMAを使い、短期は12日、長期は26日を計算期間とする。
ということは、短期は直近のデータに13分の2(12+1=13)の比重、長期には27分の2の比重がかかっていることになる。
故に、短期のEMAは長期のそれよりも敏感に反応することが期待される。

MACDの考え方と公式

ここで下図を見ていただきたい。

トレンドが現れている時

ここでのポイントは矢印で表示されている部分で、トレンドがはっきりと現れている箇所である。
現在価格に対して短期のEMAが近付こうとしている一方で、長期のEMAはゆっくりと現在価格を追っている。

したがってトレンドが現れている時というのは、短期のEMAがより現在価格に接近しようとし、長期のEMAは短期のEMAよりも緩やかに推移することから、トレンドが出れば出るほど短期のEMAと長期のEMAの間に乖離が生まれることになる。
すなわち、短期のEMAと長期のEMAの乖離幅が拡大している時にはトレンドが生じているということになるのだ。

そこで、MACDの公式は以下のようになる。

MACDの公式

なお、MACDだけでは、その数値の動きに多少の上下が認められることから、そのトレンドを緩やかに確認するために、MACDの数値を平均(これは単純平均)した『シグナル』も計算することにしている。
この場合、MACDを表示させると、MACDとシグナルの2本の線が表示されることになる。

MACDとシグナルの2本の線

下段に示された2本の線がMACDとシグナルである。そして、これらの線が上向き、下向きとなっている部分では、それぞれ上昇トレンドや下落トレンドになっているのがわかる。

なお、点線で囲った部分はほぼ横這いの動きとなり、トレンドが認められない箇所である。MACDやシグナルも交差しながらほぼ真横に推移しているのがわかる。
MACDもトレンド系のテクニカル分析であることから、もち合いの動きが苦手ということになる。

■売買のタイミング

MACDを使った売買のタイミングを紹介したいと思う。
通常は、MACDとシグナルのクロスをもって売買シグナルとしている。
つまり、MACDがシグナルを下から上へと越えていくクロスを形成したら『買いシグナル』(赤色の丸印)、逆に、MACDがシグナルを上から下へと割り込むクロスを形成したら『売りシグナル』(水色の丸印)とされている。

ポンド/円のMACD

これはポンド/円のMACDである。トレンドが終わりかけているところで、交錯する動きはあったものの、大きなトレンドはしっかりと捉えているのがわかる。

MACDはトレンドを把握するテクニカル分析である。移動平均線を使った分析よりも早めにその転換点が分かることから人気が高い。

▼ 筆者: 川口 一晃(かわぐち かずあき)氏

川口一晃氏

金融ジャーナリスト・経済評論家

1986年銀行系証券会社に入社。資産運用業務に従事。その後も銀行系投資顧問(現・三菱UFJ国際投信)三洋投信会社で11年間ファンドマネージャーを務める。
その後、ブルームバーグL.Pに移りアプリケーションスペシャリストとして投信の評価システムを開発し、ブルームバーグL.Pを投信の評価機関にする。
1992年ペンタゴンチャートに出会い、方眼紙に手書きでペンタゴンチャートを描き始める。以降、現在に至るまで分析を続けており、国内第一人者として多数の著書を持つ。
そして外資系証券会社等を経て2004年10月に独立、オフィスKAZ 代表取締役に就任。
現在までテレビ番組やラジオなどメディア出演は多数。「SMAP×SMAP」では木村拓哉氏とも対談。最近では、テレビ朝日のドラマ「アイムホーム」をはじめ、フジテレビの月9のドラマの監修も担当。行動経済学学会会員。