第4回「移動平均線の応用」

今回は移動平均線を使った売買シグナル、パラメーターの考え方、そして移動平均線の応用を紹介したいと思う。

■ゴールデンクロスとデッドクロス

国内で移動平均線が使われ始めたのは1960年代のことで、かれこれ60年程の歴史を持つ。他のテクニカル分析、例えば、RSI、ストキャスティクスやMACDなどが日本に紹介されたのが1980年代であることを考えると、移動平均線というのは日本のテクニカル分析の草分け的な存在と言っても過言ではない。

その移動平均線を使った売買シグナルとして『ゴールデンクロス、デッドクロス』という手法がある。

これは長期と短期の両移動平均線を使う。これには底値や天井を形成する際の価格と両移動平均線の位置が関係する。
底値を形成する際の通貨の値動きは、価格自体が一番低い価格を示現する。移動平均線自体はその価格に引き寄せられるように動くのだが、短期の移動平均線の方が長期の移動平均線よりも底値に近い水準に位置する。つまり、底値を形成する時は一番下に価格、その上に短期の移動平均線、そして一番上に長期の移動平均線が位置することになる。
そして、価格が底打ちから上昇に転じると価格はこの両移動平均線を下方から上方へと越えていく。この価格の動きにいち早く反応するのが短期の移動平均線である。価格に引き寄せられるように上昇に転じる。そして、短期の移動平均線の上方に位置している長期の移動平均線を越えていくという現象があらわれる。 すなわち、短期の移動平均線が長期の移動平均線を下方から上方へと上抜ける。この上抜ける瞬間、すなわちクロスする段階になったことを底値確認から上昇トレンドへの移行が確認できたシグナルと考えるのである。このクロスのことを『ゴールデンクロス』と呼び、買いシグナルとするのだ。

デッドクロスとはゴールデンクロスの逆で、天井を確認した後に出現する売りシグナルである。つまり、価格が下落に転じた後に短期の移動平均線が下がり始め、短期の移動平均線の下方に位置している長期の移動平均線を上方から下方へと割り込む際に出現するクロスを『デッドクロス』と呼び、売りシグナルとする。

ゴールデンクロスとデッドクロス

丸印で示した部分がそれぞれの売買シグナルをあらわす箇所である。

実際のチャートで見ることにしよう。ここでは日足を使っている。短期の移動平均線は10日、長期の移動平均線は20日を採用している。
赤丸がゴールデンクロス、青丸がデッドクロスの箇所を示している。

ユーロ/ドル 日足

ユーロ/ドル 日足

こうしてみると、ゴールデンクロスした後の上昇トレンド、デッドクロスをした後の下落トレンドを確認することができる。これが昔から使われてきた売買シグナルなのである。

ところが、大変便利そうに見えるこのシグナルにも短所が存在する。

■ダマシが生じる

 このシグナルが多くの場面で有効であるのであれば、投資家は分厚いテクニカル分析の教科書を広げて一生懸命勉強する必要は無くなるというものだ。
しかし、残念ながら100%完璧なテクニカル分析というものはこの世には存在しない。それぞれ、欠点というものが存在する。この手法も例外ではないのだ。

ユーロ/ドル 日足

ユーロ/ドル 日足

先ほどのチャートであるが、矢印で示した部分のクロスを見ていただきたい。
まず、青い矢印の箇所ではデッドシグナルによって売りシグナルが出現している。このチャートを見てもわかるように、この期間の中での最安値の水準で売りシグナルが出ているのである。シグナル出現後に急反発に転じている。
また、赤い矢印で示した箇所ではゴールデンクロスが出現し買いシグナルとなっている。しかし、買いシグナルが出た水準というのは戻り高値の水準であり、そこから大きく下落しているのがわかる。

このようにシグナルが点灯した後にシグナルが示した方向とは大きく逆の動きとなることがあるのだ。これをテクニカル分析の世界では『ダマシ』と呼んでいる。

ゴールデンクロスおよびデッドクロスにもダマシは生じるのである。

もちろん「ダマシはどのテクニカル分析にも出現することだから仕方がない」で片づけてしまうのは簡単だ。しかし、「なぜ、ダマシが生じるのであろうか」という原因を考えることは、テクニカル分析を使ううえでの工夫につながり、使いやすいテクニカル分析への改良の第一歩にもなると考えている。

ダマシの原因のひとつには、パラメーターの問題がある(パラメーターについての説明は前回を参照)。つまり、長短両移動平均線を使用する場合にその多くはパラメーターを固定して使うことが多い。例えば、短期は10日、長期は20日といった具合である。そして、ドル円をはじめ各通貨にも同じパラメーターを用いることが多いのだ。
しかし、それぞれの通貨にはそれぞれの値動きがある以上、当てはまる長短両移動平均線にも違いがあってもおかしくない。

そこで、筆者が20数年前に作った簡易版ではあるが、『移動平均線の最適化』というプログラムを使って計算してみる。
ここでは、前出したユーロドルを例に計算をしてみた。以下がその結果である。

移動平均線最適化

54通りの長短両移動平均線の組合せの中から、ゴールデンクロスで買い、デッドクロスで売りというトレードを繰り返し行った場合の勝率を計算した結果のうち、上位のものを上から順に載せている。これを見ると、短期の移動平均線を5日、長期の移動平均線を20日に設定した場合が最も勝率が高く、200日間の間に4回のトレード(新規・決済の合計)が行われ、勝率は75%、実現損益は0.04189ドルであった。
ここで注目すべきは矢印で示した箇所である。上位7番目の勝率でも50%となっているのである。6回のトレードのうち、3回は実現損が発生したことを意味する。
しかも、10日と20日の組み合わせは、上位に顔を出していない。

組み合わせによって勝率が変動することから、最適なパラメーターを設定せず、長短両移動平均線を固定的に利用するとダマシが生じる一つの原因にもなると言えるのではなかろうか。

なお、上述した5日と20日の両移動平均線の組み合わせも、現段階で成績が良いということであって、この先もこのパラメーターが有効であることを保証するものではない。

■パラメーターの問題点

前回、パラメーターは時間の区切りの良い数字が使われるということを記した。日足であれば、10日や20日、週足であれば13週や26週、時間足であれば12時間や24時間という数字である。
しかし、前章ではこの区切りの良い数字をパラメーターとしてすべての通貨でゴールデンクロスおよびデッドクロスの分析に用いるとダマシの原因の可能性が生じることを書いた。

一見矛盾しているように思えるが、筆者の中では決して矛盾しているものではない。
売買シグナルとしてゴールデンクロスおよびデッドクロスを使うのであれば、パラメーターの変更を柔軟に考えた方が良いと考えている。ここではトレンドを掴むと同時にトレンドの変化を素早く掴みたいからである。
しかし、移動平均線が持つ本来の機能、すなわち、トレンドを指し示すという役目を考えると、時間の区切りのよいパラメーターで十分であると考える。

20日移動平均線

これは20日移動平均線である。図に示した20日という期間にあらわれた上昇および下落のトレンドを捉えている。トレンドを見る限り、少なくとも4回は利益の出るチャンスがあったと考えることができよう。このように、今のトレンドが上昇なのか、下落なのか、その基本スタンスを確認する意味においては、先ほどの時間の区切りの良いパラメーターでも機能を発揮していると言えよう。

ただし、前々から筆者が違和感を持つのが、100日や200日といった超長期のパラメーターである。同じ期間チャートに200日移動平均線をあらわすと以下のようになる。

200日移動平均線

200日移動平均線を見ると、緩やかながらの右肩上がり、すなわち上昇トレンドを示し続けている。矢印の部分では大きく値を下げている場面であっても、移動平均線は上昇を示している。先ほどの20日移動平均線とは大きな違いである。

これをトレードに活かすとなると、ファンドマネージャー経験を持つ筆者でも悩むことになろう。
ちなみに、筆者が運用していた時代に100日や200日といった超長期のパラメーターを使った移動平均線で分析する話は聞いたことがない。
おそらくリーマンショックなどの大きな値動きがあった中、運用経験のない相場解説者が使い始めたパラメーターであろうと勝手に推測している。解説する際に、たまたま移動平均線で下げ止まっていた、ないしは上値を抑えられていた箇所があったのであろう。
これだけ超長期のパラメーターを使うのであれば、日足ではなく、週足で分析した方が良いと筆者は考えている。

移動平均線のパラメーターは売買シグナルで使うのであればより慎重に、そしてトレンドを知る方法で使うのであれば時間の区切り良い数字を基本に使う方法でよいのではなかろうか。

■IP(Investment Point)ゾーン

 マーケットには『魚の頭と尻尾はくれてやれ』という格言がある。これは底値で買う難しさ、天井で売る難しさをあらわしている。欲張って底値と天井で売買をしようとするのではなく、魚の美味しい身の部分を得られれば十分であろう、という意味である。

実は、この格言を地で行く移動平均線の工夫、利用方法がある。
まず、確認したいのは価格と長短両移動平均線の位置である。

移動平均線と価格の位置(1)

長・短移動平均線と価格の位置を考えると4種類
①長短移動平均線よりも価格が上
②長短移動平均線よりも価格が下
③価格が長期線よりも上で短期線よりも下
④価格が長期線よりも下で短基線よりも上

価格と長短両移動平均線の位置関係はこの4パターンのいずれかに入ることになる。図に示すと以下の位置となる。

移動平均線と価格の位置(2)

この4パターンの中で買いポジションを取るのであれば、どの位置がリスクを少なく買いポジションを取ることができるのであろうか。

例えば、長短両移動平均線より価格が下方にある2番の位置というのは底値であり、誰もが買いたいと思う水準ではある。しかし、長短両移動平均線よりも価格が下という位置は底値近辺にだけあるのではなく、赤丸で表示した下落トレンドのただ中にもある位置でもある。したがって、底値が確認できない限り、2番の位置で買いポジションを取るというのはリスクがある。
次に、長短両移動平均線よりも価格が上の位置はどうであろうか。つまり1番の位置というのはゴールデンクロスの手前の位置でもあり、今後の上昇が期待できる。しかし、青丸で表示をした天井の位置というのも1番の位置となる。ということは、天井の可能性もあるということになるのだ。

では、4番の位置、短期の移動平均線よりも上で、長期の移動平均線よりも下の位置というのはどうであろうか。
底値をつける際の位置関係というのは、価格が一番下、短期の移動平均線が下から2番目。そして一番上に位置しているのが長期の移動平均線となる。ここで、価格が本格的に反発上昇に転じるのであれば、まず、真上に位置する短期の移動平均線を越えていくことになる。
つまり、価格が短期の移動平均線よりも上で長期の移動平均線よりも下方の位置に入って来た通貨は出直った可能性があるということを示唆している。
つまり、底値近辺では買えないものの、出直った確率の高い通貨を見つけることができると考えられる。
この4番の位置を、「投資をしても良い場所、ゾーン」という意味で、『IP(Investment Point)ゾーン』と名付けている。

IP(Investment Point)ゾーン

経験測ではあるが、日足よりも週足の方がダマシは減る際に、個人的には移動平均線のパラメーターは26週と52週を使っている。
また、IPゾーンに入ったからといって、すぐに買いポジションを取ることはお勧めしない。ダマシの可能性が残っているからだ。そこで、IPゾーンの中に入ることに加え、短期の移動平均線が横這いから上向きになったのを確認してからポジションを取ることをお勧めする。つまり、短期の移動平均線が上昇トレンドを示し始めた段階でポジションを取るということだ。

ただ単に移動平均線を観察するだけでなく、価格との位置関係などを観察することによって、投資の工夫をすることができると考えている。

▼ 筆者: 川口 一晃(かわぐち かずあき)氏

川口一晃氏

金融ジャーナリスト・経済評論家

1986年銀行系証券会社に入社。資産運用業務に従事。その後も銀行系投資顧問(現・三菱UFJ国際投信)三洋投信会社で11年間ファンドマネージャーを務める。
その後、ブルームバーグL.Pに移りアプリケーションスペシャリストとして投信の評価システムを開発し、ブルームバーグL.Pを投信の評価機関にする。
1992年ペンタゴンチャートに出会い、方眼紙に手書きでペンタゴンチャートを描き始める。以降、現在に至るまで分析を続けており、国内第一人者として多数の著書を持つ。
そして外資系証券会社等を経て2004年10月に独立、オフィスKAZ 代表取締役に就任。
現在までテレビ番組やラジオなどメディア出演は多数。「SMAP×SMAP」では木村拓哉氏とも対談。最近では、テレビ朝日のドラマ「アイムホーム」をはじめ、フジテレビの月9のドラマの監修も担当。行動経済学学会会員。