第3回「移動平均線の基本」

■トレンドに乗る

相場には大きく分けると2局面が存在する。トレンドが認められる局面とトレンドが確認できない局面の2つである。換言すれば、トレンドのある局面ともち合いの局面と言い表すことも出来る。さらに別の言い方をするのであれば、上昇トレンドないしは下落トレンドが存在する局面と、それらのトレンドが終焉した後にある一定のレンジの中で推移することになるもち合いの2局面ということである。
これらの動きをイメージすると以下のような動きになる。

トレンドに乗る

では、どちらの局面の方が利益を上げるチャンスがあると考えられるのであろうか。これは意見の分かれるところではあるのだが、筆者は『トレンド』であると考えている。図を見てもわかるように、もち合いの中で利益を挙げる場合、高値水準に到達すると売り注文を発注し、安値水準に到達すると買い注文を発注するという注文の繰り返しを行うことになる。しかも、タイミングよく行うことが求められる。一定の値幅の中で注文が繰り返されることになるのだが、一回の利益幅はトレンドで期待できる値幅よりも小さいことが多い。

(もち合い)  豪ドル/円
(もち合い)豪ドル/円

(トレンド)  ユーロ/円(トレンド)ユーロ/円

しかも、もち合いの中で積み上げた利益もトレンドが出現することによって、減少させてしまう可能性もある。
もち合いの中でのトレードから上昇トレンドが出現したケースを例に考えてみよう。
もち合いの中で高値水準になると『そろそろ下落に転じるであろう』という相場観が芽生えることから、売りのポジション(ショート)を持つことになる。ところが、上昇トレンドが出るというのは、その下落するであろうと考えていた高値水準を越えて、思惑とは違い大きく値を上げていくことになる。その段階ですぐにポジションチェンジができるのであれば良いのだが、多くの投資家はそこで考える。『この後、きっと下落するに違いない』と。こういう心理状態の動きは行動経済学における『プロスペクト理論』からも明らかである。すなわち、トレンドというのはもち合いの中から生まれることが多く、もち合いでの取引を繰り返していると、トレンドの初動段階でポジション・ミスをする場合が考えられるのだ。

トレンドという言葉を聞くと、思い出すエピソードがある。株式の話ではあるが、トレンドの把握という意味ではFXにも同じようなことが当てはまるはずである。
1989年12月末、日本の株式市場はバブルの中、そのピークを迎える。日経平均株価は38,915円を記録したのだ。しかし、1990年1月から始まったバブル崩壊は大きく株価を押し下げる。1992年の夏には最高値の半値をも下回る14,000円台まで下落する。つまり、トレンドを考えるのであれば、2年半以上に亘り大きな下落トレンドが続いていたことになる。当時、東京証券取引所第1部には1,200社以上の会社が上場していたのであるが、この2年半に及ぶ下落トレンドの中で、一体何社の株価が1989年12月末の株価に比べて上昇したのであろうか。実は8社だけである。これはほとんどすべての会社の株価がトレンドには逆らえない動きとなったということを意味しているのではなかろうか。
故に、相場で利益を挙げる一つの方法としてはトレンドをしっかり把握することが求められるということになるであろう。もちろん、トレンドの把握に失敗すると大きな損失につながる可能性があるということも忘れてはいけない。

■トレンドを分析する方法

上述したように、相場には2局面が存在する。したがって、それぞれの局面を分析するのに長けたテクニカル分析が存在する。つまり、トレンドを分析するのを得意とするテクニカル分析、もち合いを分析するのを得意とするテクニカル分析があるのだ。そして、今回はトレンドを分析するのを得意とするテクニカル分析を紹介したい。

トレンドを分析するテクニカル分析の代表的な存在として『移動平均線』を挙げることができる。『(単純)移動平均』とは、一定期間の終値を合計し、その合計された数値をデータの個数で除して求める平均値である。この平均値を繋いだ線を移動平均線という。
例えば、『10日移動平均』と言えば、『10日間の終値を合計し、データ数の10で割る』ということで求めることができる。20日移動平均であれば、20日間の終値の合計した数値を20で割ることで求めることができる。
なお、移動平均には『指数平滑移動平均』をはじめいくつかの種類があるがそれらについては今後紹介していくテクニカル分析の中で紹介していく。

もちろん、移動平均線は日足だけではない。週足にも、時間足にも、そして分足にも使うことができる。
週足であれば、例えば26週移動平均線の移動平均。これは『26週の週足の終値を合計し、データ数の26で割る』ことによって求めることができる。
時間足であれば、例えば一日の半分である12時間の移動平均。これは『時間足の終値を12時間分合計し、データ数の12で割る』ことで求めることができる。

ここでユーロ/円の10日移動平均線を見ていただきたい。

ユーロ/円

チャート

およそ7か月間の日足のチャートに対して、赤線の移動平均線が表示されている。
なお、青矢印で示した部分ではトレンドが確認できるが、点線の枠の部分ではトレンドが確認できない、すなわちもち合いとなっている部分である。

■移動平均線の特徴

移動平均線の特徴には3つある。

  1. 移動平均線が指している方向にトレンドが出ている。
  2. トレンドと逆の動きが出現しても、その動きを吸収してくれる。
  3. 移動平均線よりも価格が上方にある時には相場は良い状態、逆に価格が下方に位置する時には相場は悪い状態。

それぞれについて見てみることにしよう。


  1. まず、移動平均線は指している方向にトレンドが出ていると考えることができる。つまり、右肩上がりであれば上昇トレンド、右肩下がりであれば下落トレンド、そして真横に近い角度であるのであればトレンドは出ていない、すなわちもち合いと判断することができる。

    ユーロ/円

    チャート

  2. 上昇トレンドが認められている時であっても、トレンドの終焉まで陽線が連続し値を上げ続けるということはない。すなわち、上昇トレンドといえども、途中で陰線が出現し値を下げる場面が現れるものである。これは下落トレンドの時でも同じことが言える。すなわち、下落トレンドが認められるときでも値を上げる場面があるということだ。
    しかし、トレンドが認められている時にそのトレンドに対してポジションを取った投資家が、そのトレンドと逆の動きに遭遇した時の心理状態というのはいかがなものであろうか。おそらく『これでトレンドが終わったのかもしれない』という不安感から慌てて決済をしてしまい、その後も続くトレンドを取り損なうことはよくあることだ。格言で言うのであれば『まだはもうなり、もうはまだなり』ということになる。
    ところが、移動平均線を観察すると例えトレンドと逆の動きが出たとしても、その逆の動きを吸収しトレンドを示し続けてくれるという特徴がある。
    チャート

  3. もしFXの取引がその日の終値でしか取引できない、というルールがあったのであれば、移動平均線というのは何を意味する線になるのであろうか。終値でしか取引が行われないということであるので、移動平均線というのは投資家たちの取引価格の平均値を表す線になる。すなわち、10日移動平均線であれば10日間の投資家たちの平均取引値、20日移動平均線であれば、20日間の取引の平均値を表すことになる。
    しかし、実際にはFXは24時間で取引が行われる。高値もあれば安値も存在する。その動きはそれぞれ違うことから、取引価格もバラバラであるのは当然であるのだが、あくまで仮定としてここでは終値を取引価格に見立てて移動平均線との関係を見ていくことにする。

    さて、移動平均線の上方に現在値が存在する状態というのは平均取引価格の上方に現在値があるということを意味するのであるから、ロングポジション(買いポジション)の投資家に評価益が生じている可能性が高いと考えることができよう。
    (なお、ここではチャートを表示した場合に、ローソク足が右肩上がりに推移していく場合を上昇<上昇トレンド>と考えることとする。これによって、ロングポジションの投資家に利益が生じる相場を『良い相場』と表現することにする)
    このようにロングポジションの投資家たちに評価益が生じているのであれば、相場は良い状態と判断できよう。
    逆に、移動平均線の下方に現在値が存在する状態というのは、ショートポジション(売りシグナル)の投資家には評価益が発生している可能性が高いと言えるのであるが、逆にロングポジションの投資家にとっては評価損が生じているという状態を表すことになる。したがって、相場は良くない状態と判断できるのだ。
    さらに、この考え方を利用するのであれば、現在値が移動平均線を越えた時(価格が移動平均線を下方から上方に上抜けた時)が『買いシグナル』、逆に現在値が移動平均線を割り込んだ時(価格が移動平均線を上方から下方に割り込んだ時)が『売りシグナル』とする方法もあると考えている。
    なお、この判断方法は海外で出版されているテクニカル分析の本に紹介されている。
    図を見ても、上述した方法で利益を得るチャンスがあるのがわかるであろう。

    チャート

■パラメーター

移動平均線を語る上で重要なポイントは『パラメーター(期間)』である。つまり、データ数をどれくらいするのかというのはテクニカル分析全般に関わる問題である。

移動平均線の場合は時間的に区切りの良い時間が使われる。
例えば、日足であれば5日、10日、20日と言った具合である。5日は1週間、10日は2週間、20日は1ヶ月をあらわす。
週足であれば、13週、26週、52週がよく使われる。これは13週が3か月、26週は半年、そして52週が1年をあらわす。
時間足であれば12時間、24時間が用いられる。12時間が半日、24時間が1日をあらわす。
まずは、このように区切りの良い時間を基本に移動平均線を使うことを勧めたいと考えている。
次回は『移動平均線の応用』を紹介したいと思う。

▼ 筆者: 川口 一晃(かわぐち かずあき)氏

川口一晃氏

金融ジャーナリスト・経済評論家

1986年銀行系証券会社に入社。資産運用業務に従事。その後も銀行系投資顧問(現・三菱UFJ国際投信)三洋投信会社で11年間ファンドマネージャーを務める。
その後、ブルームバーグL.Pに移りアプリケーションスペシャリストとして投信の評価システムを開発し、ブルームバーグL.Pを投信の評価機関にする。
1992年ペンタゴンチャートに出会い、方眼紙に手書きでペンタゴンチャートを描き始める。以降、現在に至るまで分析を続けており、国内第一人者として多数の著書を持つ。
そして外資系証券会社等を経て2004年10月に独立、オフィスKAZ 代表取締役に就任。
現在までテレビ番組やラジオなどメディア出演は多数。「SMAP×SMAP」では木村拓哉氏とも対談。最近では、テレビ朝日のドラマ「アイムホーム」をはじめ、フジテレビの月9のドラマの監修も担当。行動経済学学会会員。