セントラル短資FXスペシャルインタビュー 松崎美子「ロンドンFX」が生まれるまで 【第1回】
松崎美子
松崎さん

Profile

まつざき・よしこ●1986年、スイス銀行東京支店にディーラーアシスタントとして入行する。1988年結婚のために渡英。翌年より英バークレイズ銀行本店ディーリングルームに勤務し、日本人初のFXオプション・セールスとなる。1997年から米投資銀行メリルリンチ・ロンドン支店でFXオプション・セールスを務め、2000年に退職。2003年から個人トレーダーとしてFXや株式指数取引を開始する。2007年春からはブログやセミナー、コラムを通じてロンドン/欧州関連情報を発信する。連載コラム「松崎美子の英国発!すこしFX☆なが~くFX

猟師の家庭に生まれて

 私の父親はプロの猟師だったんです。もともとはクレー射撃の選手でモントリオール五輪の出場候補選手にもなるくらいだったのですが、「外国へ行くのは嫌だから」と断ったような人(笑)。自宅にはキジや鹿などの剥製が100個以上もありましたし、秋から3月くらいにかけての猟期には、小笠原の父島や母島、父の出身地だった福島、北海道とさまざまな場所へ、父はお客様を連れて猟に出かけるので、私はいつも留守番でした。

 父親からクレー射撃を教わったこともありますが、私にはとてもできないと思いました。まず撃ったときの反動がすごい。肩にグンって反動がくるんです。それに勘も必要。今、風がどう吹いていて、1秒後には的が何メートル動いてここにくるだろうって、予測してから撃たないといけない。今思えばチャート分析に近いものがあったのかもしれません。為替のディーリングをやるようになって、FXとクレー射撃には似たところがあるなというのは感じました。

猟師の家庭に生まれて 松崎美子
中学生から意識していた日本脱出

 中学生のころからずっと、日本を出たいという思いがありました。日本だと出る杭は打たれやすいですし、それに英語へのあこがれもありました。当時、レッドツェッペリンが好きでよく聴いていました。素朴な疑問で「彼らは英語を話せるのに、なぜ私は話せないのだろう」と思って、英語を身につけたかったんです。青春は人それぞれだと思いますが、私にとっての青春は「英語をしゃべれるようになること」でした。

 アメリカの雑誌を買って「ペンフレンド募集」のコーナーを見て、アメリカ人と文通したこともあります。テキサスに住んでいるアメリカ人。彼女とは今でも交流があります。私と同い年なのですが、私の影響を受けてしまったのか彼女は日本人と結婚して、子どもが生まれたのも私と同じ年なんです。

 アメリカ人の友だちを作ったのも、いつか海外へ行きたいという思いからでした。高校生のころから準備を始めたのですが、アメリカはどこへ行っても日本人が多い。それだと英語がしゃべれない。海外へ行くからには、日本人が1人もいない土地へ行きたかったのでカナダ、オーストラリア、ニュージーランドの学校を探しました。今のような留学を斡旋してくれる体制も整っておらず、もちろんインターネットもない時代でしたから、カナダの大学の一覧表を取り寄せるだけで3か月。最終的に留学先が決まるまでには3年かかりました。

 ところが父親は留学に大反対でした。もともと志願して戦争へ行ったような父でした。「自分は自分」と最後には行かせてもらいましたが、入国審査でも苦労しました。私は過去に肺炎や肋膜炎を患っていたので、入国申請は2年続けて却下されました。許可が出たのは3年目。つなぎのつもりで入学していた短大を卒業し、やっと日本を脱出です。

子供のころから海外への強い憧れがあった 松崎美子
子供のころから海外への強い憧れがあった
ホストファミリーからの英才教育

 留学先に選んだのはオタワにあるカールトン大学。カナダ大使館に大学のリストをもらい、リストにあった100以上の大学すべてに手紙を出しました。日本人がいるかどうか尋ねたり、できればカナダ人のホストファミリーのもとでホームステイしたいことなどを条件にして選んでいくと、残ったのがカールトン大学でした。

 留学と言っても、最初は語学からです。英語を母国語としない留学生のためのクラスに入りましたが、いろんな国の学生がいました。今、問題となっているクルドからの難民がすでにいましたし、家族の中に政治犯がいるためにブラックリストに載せられ、二度と祖国へ帰れないシリア人やサウジアラビアの王子様もいました。中国系の人も多かったですが、日本人は1人もいませんでした。それが留学先選びの絶対条件でしたから。

 でも、英語を身につけたのは、このクラスではなくホストファミリーのおかげです。私がホームステイしたのは、東京大学で客員教授を務めていた人の家庭。彼は日本に8年間の滞在経験があり、息子さんが日本人と結婚していることもあり、「日本人の留学生だったら引き受けたい」と迎えてくれました。彼の教育方法はとても独特で、毎日10分間のニュースを聞かされます。ひとつの単語ごとにカセットテープを止めて、「今の単語は何?」と聞かれ、わからない単語は教えてくれ、その単語を使った文章を2つ、作らされるんです。ひとつならマグレで作れる、でも2つだと単語の意味をちゃんと理解していないと作れないからと。

ホストファミリーからの英才教育 松崎美子
FXと英語に共通する上達の秘訣

 そうやって1単語ずつ区切っていくので、最初は10分のニュースを聞き終えるのに5時間も6時間もかかりました。それに加えて学校の宿題も山ほどあるので泣きそうでしたが、3か月もするとテープを止めずに聞けるようになりました。英語のテレビ番組を見ても理解できるし、街で人が話しているのも聞こえる。ホストファミリーのおかげです。今思えば、毎日6時間も付き合ってくれたことは本当にありがたいことでした。

 英語を勉強する人も多いと思いますが、一番の秘訣は「あきらめないこと」。FXと同じなんです。別にFXや英語ができなくても生きていける。でも、やると決めたらやらなきゃダメなんです。それも中途半端ではなく、一番にならないといけない。これは父の影響だと思いますが、二番になるくらいだったらやらなくていい。私はまだFXで一番になっていないですから、今も父の顔が浮かぶんです。「おまえ、何を中途半端なところで安心しているんだ」と。


第2回へ続く