第11回ジョナサン・ノット氏 東京交響楽団音楽監督

【第二ヴァイオリンはステージの右側がいい?】

松田少し専門的な話になります。往年の名指揮者のストコフスキー氏がそうして以来、オーケストラのステージでは第二ヴァイオリンを左側の第一ヴァイオリンの隣(奥)に配置するのが一般的になりました。しかし最近では再びステージの右側に配置する、いわゆる昔ながらの「対向配置」にする指揮者も増えてきました。ノットさんはこの点をどうお考えですか?

ノット今も第一ヴァイオリンの隣に第二ヴァイオリンを配置する人が多いですが、私は将来にもわたって決してそうすることはないでしょう。世界最長老指揮者のブロムシュテット氏も私と同じようにしていると思いますよ。理由は単純で、作曲家がその配置を想定して曲を書いていることが多いからです。現代音楽では、稀に第二ヴァイオリンが第一の横にあることを想定して書かれているものがあり、その場合だけは別ですがね。

【繰り返しがあると得した気になる?それとも退屈する?】

松田次に、交響曲における繰り返し記号の指示を守るかどうかも、指揮者によって、曲によって違うようですが、この点についてのお考えはどうですか?

ノットこれも必ずリピートの指示を守ります。でないと、均整の取れた建築物の一部を勝手に壊してしまうのと同じことになります。反復するのは、それが全体構造の中に組み込まれた大事なパーツだからです。リピートは同じ本を二度読み直すことと似ています。一度目に接したときには理解できなかったことが二度目に分かったり。かと言って、一度目と二度目を全く同じスタイル・表情で演奏する必要があるということではありません。二度目は即興で少しだけアクセントやテンポを変えたりすると、また新しい発見の余地も生まれます。

松田それは分かりましたが、ベートーヴェンの第9とか、シューベルトの第9(大ハ長調)とかで、スケルツォ楽章の繰り返しを律儀に守られると、正直退屈してしまうこともありますよ。

ノット鋭いですね(笑)。その感覚も実に正しいです。スケルツォの楽章に、作曲家が律儀かつ機械的に繰り返し記号を入れてしまったケースは確かにありそうですね。「常に繰り返し記号を守る」のが絶対正しいとも言えないようです。年末の第九でどうするか、お楽しみに。

【アメリカで指揮しない理由は?】

松田ノットさんは、他の世界的に活躍している指揮者と比べると、アメリカで演奏される機会が少ない印象ですが、何か理由はありますか?

ジョナサン・ノット氏

ノットアメリカでは過去に何度か指揮しましたが、1回目は大成功、2回目はわずかに疑問符、そして3回目はうまくいかない、といったことがよく起きました。アメリカで指揮するには、準備が非常に効率的でなければなりません。この点は、イギリスとも少し似ています。アメリカの演奏家は皆非常にレベルが高く、才能もあります。だからと言って、一緒に演奏して楽しいとは限りません。演奏家にとって大事なことは、音符を「どう演奏するか」ではなく、「なぜ演奏するのか」を伝えることですが、楽団員とこうした対話ができず、楽しめなかったのです。ある楽団員からは、「マエストロ、第1拍目をもっと明確に振って貰えませんか?」と言われて愕然としました。いい音楽が生まれるには、ある程度の不明瞭性、緊張、リスクが必要であることが理解されなかったのです。と言っても、この経験はもう20年近く前のことで、私も十分成熟していませんでしたから、今、彼らとやればまた違ったものになるかもしれません。しかし、バーゼル(スイス)の歌劇場で、ワーグナーの「二―ベルンクの指輪」4部作を今後3年にわたって指揮する予定で、年に8週間は現地で拘束されます。ヨーロッパと日本を慌ただしく往復している身では、やはりアメリカでの活動は随分先になりそうです。

【オフの時間の楽しみ】

松田ノットさんの日常生活、特に長くなった東京での暮らしでは、クラシック音楽以外にどんなことを楽しんでおられますか?

ノットコロナで、ヨーロッパに住んでいる3人の子供たちになかなか会えない状況です。それでも、たとえば昨日も日比谷公園で素晴らしくモダンな日本のバンドが80年代の素晴らしい音楽を奏でているのを楽しみました。私はどんな種類の音楽も大好きです。公園の木々に挨拶しながら全体を一周していると、1時間も経っていました。

松田日比谷公園の木に挨拶ですか?

ノットそうですよ。おかしいですか?そうすれば、自分が家にいると感じられるからです。昔はランボルギーニを乗り回すのも大好きでしたけどね。自分の中にエネルギーが生成され、それが周囲と共有されるのを感じることはとても重要です。その感覚は、単に森を歩いても、あるいは、日本のお寺に行くことでも得られるかもしれません。

松田灯台下(もと)暗しですね(英訳せず)。

松田からひと言

1時間余りの対談中、最も頻繁に出て来た単語が「エネルギー」でした。ノットさんのお話しぶり、指揮の姿ももちろんエネルギッシュそのものですが、「オーケストラと一緒にいい音楽を作る」(チームでいい仕事をする)ために、メンバーのエネルギーのレベルを変えるのが指揮者(リーダー)の仕事だ、との指摘は、大いに参考になりました。