第8回紫舟(シシュー)氏 書家/芸術家/大阪芸術大学教授

対談 紫舟氏

略歴

紫舟氏

「書」を平面や伝統文化の制約から解放した『三次元の書』をはじめ、書が絵画と融合した『書画』、象形文字が再び命を宿し動き始める『メディアアート』など、伝統文化を新しい斬り口で再構築した書の作品は、唯一無二の現代アートと言われている。
フランス・ルーヴル美術館地下会場で金賞を受賞するなど日本だけでなく世界でも活躍。
天皇皇后両陛下(現上皇上皇后両陛下)が『紫舟』展に行幸啓された。
東京オリンピックの事務局やNHK大河ドラマ「龍馬伝」の題字も手掛ける。
主な作品の提供先、世界での実績、受領歴、社会活動については、記事の末尾に掲載。

【作品のありか】

紫舟氏

松田かねてテレビ番組の題字などで紫舟さんの書は目にしていましたが、実は当社が取引している企業の立派なエントランスに、紫舟さんの立体の書が掲げられているのを見付けて、その会社の審美眼にも感心したところです。自分の作品がどこに掲げられているか、といったことは把握しておられるものなのですか? 数えきれないほどあると思いますけど。

紫舟松田様のおっしゃるその企業様は、エントランスに加えてオフィスの壁、VIP応接室や役員会議室まで、複数点ご所有いただいています。私たちはギャラリーに所属しておらず、また紫舟アトリエの所在地や連絡先も公開していません。そのため、ご興味を持っていただいた方には、紫舟公式ホームページからinfo@にメールで問い合わせをいただく以外にコンタクトをとる方法がありませんが、そのハードルを越えられた方だけがアトリエで作品をご覧になって、作品をご購入できるようになっています。そのため、どなたがどの作品をお持ちか、私もほぼ記憶しています。

【コロナで発見したネガティブな側面をアートに】

紫舟氏

松田そんなものなのですね。ここ2年余りのコロナの影響で、ご自身の作風が変わったということはありますか? あるいは、逆に芸術の無力さを感じたとか。

紫舟コロナを経験して、作品が「社会性」を持ちました。社会がガラリと変わってしまい、「人間は、未知なるウィルスによってこれほど簡単に恐怖や不安を煽られ、結果、誰かを軽んじたり蔑んだりしてしまう」ことに気付きました。そこで露呈した人間の心の弱さや愚かさ、もっと言えば、人の心の汚さに改めて気付きました。しかしそれが遠くの誰かの出来事ではなく、「私もそんな心の弱さを持っている」とベクトルを自分に向けて、心の弱さと対峙しながら鑑賞できる作品展を行いたいという思いが強まりました。コロナで世界での展覧会の予定が全てなくなる中で、日本全国で展示する機会を急遽頂いたので、幸いにも実現することができました。
個展会場では、人を非難するのではなく、自分の内側を観るところから始まり、最後には心が澄み渡るような、少し楽になるように導く作品構成にしていましたので、会場で涙する方もたくさんおられました。何度も会場に足を運ばれる方もいらっしゃいました。「社会の問題を文化の力で向き合う」ことが出来るのだと私も知るよい機会になりました。ですので、コロナ禍の中で、文化の力や仕事に無力感を覚えることはありませんでした。私自身も自分の心の汚れを知ることで、大きく成長できる一つの原動力になりました。

【この世の地獄を燃やしてしまおうという思い】

松田「地獄絵図」やフェニックス(不死鳥)の絵なども、そうした流れの中で生まれて来たのでしょうか?

紫舟「生と死」について考えるきっかけを作りたいと思いました。人は非常に発達した頭脳を持つがゆえ「死」という言葉を作ってしまった。言葉があるところに概念は存在する、「死」が生の延長線にあるのではなく、独立した「死」としての概念が生まれてしまった。ゆえに、死への恐怖で不安になったり、今生きているにも関わらず死の怖さから絶望的にもなったりする。しかし「生きることに意味がある」のであれば、「生」に対して誰しも何かしらの生きる意味や役割を見出すのであれば、同じように「死にも意味がある」はず。では、死ぬ意味は何なのか?「死」への無知がゆえに煽られた不安は、無知からきているともいえる。であれば、「死」について考えてみる、対峙してみる、知ることで不安は軽減するのではないかと考えました。そのような思いで「地獄絵図」を描きました。1作品が3.5m幅の屏風で合計4隻、全部で15mの作品です。本作を、護摩祈祷のように、これらの地獄絵を実際に燃やそうと考えています。「この世の地獄と化したものを消失させるという」という願いを込めた「祈りの行為」として、「地獄絵を」燃やすことを、近々NFTで発表したいと考えています。

松田その凄まじいお気持ちは理解しましたが、その「もったいない」行為はいつごろを予定しておられますか?「コロナが終わったら」というタイミングですか? また、人を集めたイベントとしてやるんですか? それとも誰にも見せず、プライベートに?

紫舟「コロナの終息」という願いも込めているので、その環境が整い次第行いたいです。そうですね、多くの方に見届けていただき、多くの人と一緒に「祈り」を行うのがよいかもしれませんね。

【創造の源泉は小さな肯定の積み重ね】

松田「制作」、「創造」以外に、今おっしゃった「破壊」行為も含めて、紫舟さんのインスピレーションの源は何ですか?「文字を立体化する」とか「書に鉄を使う」といった発想は、自分がもともと持っていた直感から生まれて来たのか、それとも努力を積み重ねてきた結果なのか?

紫舟「自分のことを自分自身が誰よりも信じている」という信頼関係が出来ているからだと思います。時々誰しも「あれがしたい」、「あそこに行きたい」という思いがふつふつと湧きおこることがあると思います。「東京の仕事を辞めて北海道で農業したい」とか「四国の山の奥で一人で暮らしたい」とかね。一方で、そういった気持ちが現れたとき、「お金がない」、「時間がない」、「社会的な責任があるから無理」、「プロジェクトをやり遂げないといけない」と思い、心に蓋をしてしまいます。そうすると、自分の内側の「心の声」との関係が育まれないですよね。書道家になると決めたときから、自分の「心の声」が「これをしたい」と聞こえたら、それにイエスと応えるように努めてきました。「やらない」ことに対していろんな言い訳はできます。言い訳をしている自分を見つけたら要注意です。「心の声」が求めることに対して、「じゃあ小さくイエスを実行してみよう。やってよかったら、もう少し大きくイエスで応える」ということを繰り返していると、いろんなことを直感が教えてくれるようになりました。そうやって小さな「試し」を理由もわからず積み上げておくと、3年、5年、あるいは10年経って、「文字が平面の制約から解放されて『三次元の書』が誕生する」等、無二の作品に結実することを知りました。肯定の積み重ねがなければ、私は最初のころと何も変わっていなかったかもしれませんね。

【自分の心の声に従うことで得た心の平安】

松田それは若い人たちも、自分の道を見付けていくうえで、とても参考になるお話ですね。紫舟さんのキャリアでもう一つ興味深いのは、書家になる道を選んだ時点で、結構な期間、書に関してブランクがあったとおっしゃっていますよね。習い事では、バイオリンでもバレエでも、一旦ブランクを作ってしまうと、なかなか戻ってくるのが大変だと思いますが、それができたのは、やっぱり自分の「心の声」に確信があったからでしょうか?

紫舟氏

紫舟書道家になるまでは、ずっと重くて曇った「心」を持っていました。それが、書道家になると覚悟したときに、人生で初めて心が軽くなりました。穏やかな平安が訪れた。それは私にしか分からない感覚ですが、「その感覚を信じてもいい」と確信していました。

松田新しい道に飛び込んで心の平安を得られたというのは、なかなか稀なことではないですか? 例えばそれまで組織で働いていた人がやっと自立して店を構えて、となると、独り立ちした直後の方がむしろ、「本当にこれで食べていけるかな」とか「これでよかったのかな」といった不安を持つことが多いんじゃないでしょうかね。

紫舟そうかもしれませんが、一方でそれは学校で刷り込まれた価値観で、「社会のレール」かもしれません。「生涯かけて成すべきことを迎え入れる」とか「天職を見付ける」というのは、不安をはるかに凌駕するものです。

【書が持つ心療内科の役割】

松田コロナで、書に取り組む人たちや芸術を鑑賞する人たちの姿勢が変わったと感じられることはありますか?

紫舟多くの人が、コロナになって初めて、一日中家に居ることが一ヶ月も続くといったことになったときに、不動心でいることや平常心を保つことは容易ではありません。そのためでしょうか、「家で筆を持つと、何か心が驚くほど落ち着いた」といった連絡がたくさん届いたのです。「書は日本の最も古い文化として、長きにわたり人の心に寄り添ってきたんだ」と実感しました。書は1300年間、まだ心療内科もない時代からその役割を果たしていたように思います。それは茶道や華道もそうですね、日本の「道文化」。こんな便利な時代に、いまだに石の上で煤を固めた墨をすりおろして書をかく行為は、不安を煽られた人間の心の問題を取り除き、高い精神性に導いてくれる。筆で写経すると1~2時間かかりますが、その間は心の苦しみや痛みから解放してくれる力が書にはあるということを改めて教えられました。

松田私のようにリタイアがそう遠くない人間の老後の精神衛生にも、書道はいいでしょうか?

紫舟はい。大人になって書道を始めた方は、おやめにならないんですよね。日展などへの出品点数は、それをやっている人口の多さに比例すると言いますが、書道人口は、茶道や華道や絵画などよりもはるかに多いと聞きます。その魅力は、書が「常に人の心に寄り添う」力を持っていることだと思います。

【海外からの書への関心】

紫舟最近もう一つ興味深いのは、コロナの最中に、アメリカや香港など海外から書の依頼が増えたことです。海外でも家に籠らざるを得なくなり、「家の中にアートがない」豊かではない暮らしを実感したようです。人の心を豊かにするアートの力ですね。「普段当たり前のように観るもので、人生を導いてくれるものを飾りたい」と思う方が増え、書の依頼が世界から来るようになりました。

松田書は漢字やひらがなと切り離せない面があると思いますけど、書が一層グローバル化していく潜在性はありますか?

紫舟作品をヨーロッパに出すときは、ヨーロッパのアートの文脈に学び作品に反映するようにしています。例えば背景の描き方。日本の絵のように背景を描かないと、西洋の人たちは「未完成」だと思ってしまう。彼らは、むしろ背景の方に手数を掛ければ掛けるほど、それが奥に行ってくれると考える、日本はその逆。これが私たち日本人にはどうしても越えられない点です。今制作している作品は、イタリアの数千年前のテンペラ画の技法で背景を堅牢に作り上げています、この技法はヨーロッパにはあまり遺っていませんが、日本には受け継がれています。一番の問題だった背景の克服に近づけているように感じます。先ずはイタリアで発表をしたいと考えています。