第6回夏井いつき 俳人

対談 夏井いつき 俳人

略歴

夏井いつき氏

昭和32年生れ。松山市在住。俳句集団「いつき組」組長。
8年間の中学校国語教諭の後、俳人へ転身。「第8回俳壇賞」「第44回放送文化基金賞」「第72回日本放送協会放送文化賞」「第4回種田山頭火賞」受賞。創作活動に加え、俳句の授業〈句会ライブ〉、「俳句甲子園」の創設にも携わるなど幅広く活動中。TBS系「プレバト!!」俳句コーナー出演などテレビラジオでも活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」中級者投稿欄、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。2015年より初代俳都松山大使。
『夏井いつきの世界一わかりやすい俳句の授業(PHP研究所)』、『おウチde俳句(朝日出版社)』、『夏井いつきの 日々是「肯」日(清流出版)』、『夏井いつきの365日季語手帖(レゾンクリエイト)』、『句集 伊月集 鶴(朝日出版社)』など著書多数。

【コロナは俳句の世界を変えたか?】

松田コロナ禍で俳句の世界が変わったとお感じになりますか?

夏井俳句をやっていて一番楽しいのは、膝を突き合わせた句会ですが、これがやりにくくなったことが一番大きな影響ですね。ただ、俳句は家の中に閉じこもって一人でもできるものです。なので、コロナ禍でも変わらず詠み続けている俳人が一番、打たれ強い精神構造を強固にしているのかもしれませんね(笑)。

夏井いつき 俳人

松田俳句の究極の楽しみが、句座のような場とは知りませんでした。

夏井俳句を作るのは苦手でも、「句会に行きたいから俳句を作る」という人も結構おられますよ。コロナ禍でリアルな句会に参加できなくなった結果、ネット上での句会も増えてきましたね。

松田コロナでかえって「新次元」が開けたわけですね。

夏井「俳句集団いつき組」の仲間で、普段コンピューターを教えている若い大学の先生の考案した「夏雲システム」というすごいシステムがありまして、これを使うと、集まる必要もなく、幹事さんに負担を掛けないで、自分たちがオンラインで入力した句がシャッフルされて清記用紙になって返ってくるんです。それに選句を入力すればすぐにそれが反映され、自分で結果を自由にプリントアウトすることができます。このシステムが無料で使えるということもあって、皆さん気軽にネットでの句会に踏み出すことができたようですね。
私は、大勢で句会を楽しんでもらう「句会ライブ」をライフワークとしているのですが、生の句会ライブは、皆で語り合ったり、笑ったり、誰かの話に涙したり、ダイナミックで面白い場です。コロナ禍で集まることができなくなり、YouTubeでも句会ライブを生配信するようになったのですが、正直、最初はあまり期待していなかったのですが、やってみたら参加者同士がチャット欄で交流する楽しみもあるようで、皆さん生の句会ライブとはまた違ったものとして参加してくださっています。

夏井いつき 俳人

松田そうだとすると、句座に代わる新たな可能性も生まれたということで、今回のコロナはひょっとして俳句の世界にとって大きなプラスの転機になるかもしれませんね。

夏井そう思いますね。俳句をやっている人は、基本的に物を明るく考える人が多くて、転んだら転んだで、それも句材とするみたいなところがあるんです。だから「コロナはコロナとして新しい句材として読むべきだ」という感覚ですね。いわば「転んだところから何か拾って立ち上がらなきゃ俳人じゃない」といった精神の持ち主たちと言えるでしょうか。

松田オンラインでリアルタイムに投句できるようになって、俳句の裾野も広がりましたか?

夏井そう言えると思います。「メールや夏雲システムを利用したり、生配信をチャットで楽しんだり、なんていうのは若い人がやることで、自分たちには無理」と思っている年代の人に対して、若い人たちが「一緒にやりましょう」とか、「このボタンを押せばいいんです」などと、電話やオンラインでレクチャーしてくれるわけです。全く違う年代の人たち同士が助け合う構図があちこちに生まれて、横で見ていてもすごく微笑ましく、嬉しい副産物でした。

【いざ俳句を始めるときの心構えは?】

松田私くらいの歳になると、「社会の第一線からリタイアしたあとの楽しみに、俳句を始めたい」という気持ちの人も多いと思います。一方で、会社などではベテランとして叱られたりすることが少なくなっていたのが、俳句の世界に身を投じた途端に、久しぶりに人から批判されて傷つくのは嫌だな、という恐怖心もあるように思います。

夏井ははは、それは分かるような気がしますね。でも、実は俳句のシステムでありがたいのは、「俳号」という仮の名前同士のお付き合いだということです。「初心者のうちから俳号なんて」と思う人が多いですが、実は逆です。本名でやる方が、よほど勇気が必要ですよ。初心者の時はできるだけ、どうでもいいような、それこそ大マヌケな俳号を名乗って、まず第一歩を踏み出すのがいいんです。やがて俳句の筋肉が付いてきたと思えば、出世魚みたいに少しずつ俳号を勝手に変えていけばよいわけですから。

松田えっ、俳号は先生から授かるのではなくて、自分で勝手に名乗れるのですか?

夏井もちろんですよ。正岡子規だって俳号を山ほど持っていたことで有名です。基本的に、俳号は自分で名乗ってしまえばよいのです。俳句集団いつき組には、ユニークな俳号の組員さんが沢山いますよ。いつき組が、入会届も入会金も組織図もない、広場みたいな場所ということもあり、皆さん俳号も自由に楽しんでつけられているようですね。

松田あと、始める前の不安は、「果たして自分に、他人に披露できるような俳句を作れるセンスがあるのだろうか」ということですよね。

夏井俳句のメカニズムを知らないと、俳句作りとは、感性とか才能とかそういうものを使って、自分の内側から何かを掴みだすことだと勘違いします。実は俳句のタネというものは外側にあって、外の世界を観察したり、気づいたりして面白いと感じる好奇心さえあれば、俳句を作る十分なきっかけになります。「色々なものを探しに行けばいいだけなんだ」ということに気付いて欲しいです。また、「他人への披露」への不安に関して言うと、句会では名前を隠して選句します。その結果、誰も選んでくれないのもくやしいでしょうが、選ばれなかったらけなされる心配すらないわけです。逆に、選ばれれば、なぜその句がいいと思ったのか、どこが少し残念に思われるか、といったヒントが沢山もらえるのが句会の面白みです。なので、プライドが傷つくどころか、「コメントし合いながら一か月分笑えました」とおっしゃる人もいます。本名も仕事も知らないまま10年以上俳号で付き合っていて、あるとき別の場で本職での素顔のその人と会ってビックリ、なんてこともよくある世界です。

【俳句作りに向き不向きはあるか?】

松田私も短歌や俳句を鑑賞するのはそれなりに好きですが、とても自分では作れそうな気がしません。デパートでもスーパーでも「目的の売り場以外のものは何も見ていない」と妻によく笑われますが、俳句を作ることで観察眼が養われるものでしょうか?

夏井当然広がりますよ。あまりにも短い言葉の中で、他の人と同じところを見て同じことを書いたら「凡人」になってしまいますからね。人がこれを見ているなら、自分は周辺を少し丁寧に見てみよう、裏側に回ってみようといったように、「人と少しでも違うものを見つけたい、作りたい」という欲求が生まれてきますから、俳句を作り始めると、物事をぼんやりとは見なくなります。

松田なるほど。俳句作りに向いている性格、向いていない性格といったものはありますか?

夏井同じ物を見ていても、「細部を観察するのが好き」という人はリアリティのある俳句を作ればいいし、移り気な人はあちこち見ることで、他の人が見ていないものを発見すればいいわけです。私は、俳句は理系に近い形の文芸だと思っています。というのも、俳句には数学の公式のように型があって、その公式に言葉をパズルのように入れていくだけで句が完成するからなんです。実際、有名俳人には理系の方も多いですよ。パズルのように選んだわずか17音を、色々な人が自由に味わっていくのですが、その裏側に孤独とか悲しみを読み取って共感してもらえるなんてこともおこるわけです。

松田俳句には、詠み手から「この句はこうした状況を詠んだものだ」との説明を受けて初めて完結するような部分があると思っていました。そうした、いわば不完全性も俳句の魅力なのでしょうか?

夏井俳句は座の文芸と言われます。作り手と、それを解釈・鑑賞する読み手がいて初めて、作品が本当の意味で完成するわけです。俳句はあまりにも短いので、同じ字面でも、すごく愉快な句だと思う人もいれば、反対にとても切ない句だと読む人もいるわけです。そういう色々な読み方が許されている、たった17音の作品を囲んで、読み手がさらに豊かな世界を付け加えて行くことで作品自体が大きくなっていくという文芸なんです。不完全性が、実は俳句の強みだと思います。

松田なるほど。「自分の気持ちを表現したい」、「感想を聞かせて欲しい」と思う人の気持ちがよく理解できました。一方、もし私が作る俳句や短歌を読んでくれた人から「え、あいつこんなことを考えていたのか」と思われると、何だか「心の深奥」を覗かれたような気持になるんじゃないかな、という不安もあります。自分が寂しい性格なだけかもしれませんが(寂しい笑い)。

夏井そういう人こそ、俳句をおやりになるべきです。「こういうつもりで俳句を作った」という思いは自分の内にしかないんだから、人が色々な読み方をしても、涼しい顔をして聞いていればいいんです。「そんな風に読んでくれてありがとう」と言っていればよくて、何も心配することはありません。