第2回陣内秀信 法政大学特任教授(建築史・都市史)

対談 陣内秀信 法政大学特任教授(建築史・都市史)

略歴

陣内秀信氏

法政大学特任教授、中央区郷土天文館館長。専門はイタリアを中心とする建築史・都市史。
最近の著書は、「水都 東京」(筑摩書房、2020年)、「都市のルネサンス〈増補新装版〉- イタリア社会の底力」(古小烏舎、2021年)など。

松田 長崎での「街づくり」シンポジウムでご一緒して以来、18年ぶりです。コロナで地方生活の良さも見直されていますが、日本でも外国でも近年「街づくり」への意識も大分変わったのではないでしょうか?

陣内秀信 法政大学特任教授(建築史・都市史)1

陣内 「産業革命以降、経済力と技術力で人類がとことん推し進めてきた都市の巨大化が孕む矛盾を乗り越えなければいけない」と誰もが以前から感じていた課題について、コロナでいよいよ本気で考えざるを得なくなったと思います。都市化で水や緑の自然も、歴史的建物も、雰囲気のある界隈も失われ、グローバリゼーションの競争の中で人間の繋がりも切れてしまった結果、「みんなで一緒に街を作ろう」という意識が薄れてしまいました。

その反省に立ち、もう数年前から「コモンズ」という言葉がよく使われるようになり、もう一度人と人とのコミュニケーションや自然を大切にしようという動きがすでに見られました。効率ばかりを追求し、巨大ビルがぎっしり建ち並び、大勢の人が集まる便利な大都市空間は、今回のコロナ・パンデミックにも弱いことが露呈しました。その典型がニューヨークです。人々はそのことに気づき、近年、ハドソン川沿いに立地する水辺のオープンスペースとしての緑地や公園の重要性がより強く認識され、人気の場所になっています。
パリも同様で、最先端を切って「15分コミュニティー論」といった新しい都市のモデルを提示しました。これは、自転車か徒歩で15分以内のところに、家も職場も商業施設も、さらに図書館、病院、カフェ、レストラン、ギャラリー、劇場もある小さなコミュニティーを作り、都市の分散化を図ろうというものです。
都市が持つ魅力も捨てられない以上、こうした核を分散させたスローシティを作ることで、これまでのように中心部に高層ビルを林立させるといった方向ではない世界を目指しているのです。

松田 フランスは日本に似て、パリなどに集中する傾向があると思っていましたが、そうした流れがあるのですね。一方、もともと分権的な要素のあるイタリアの生活は、コロナでどんな影響を受けていますか?

陣内 イタリアは、もうかなり以前から大都市への憧れや一極集中がなくなっていました。確かに、かつて戦後の経済復興から1960年代の高度成長の時期には、人がどんどん大都市に向かい、地方が疲弊・過疎化する流れがあったのは、日本とそっくりでした。しかしこれによってもたらされた大都市、大企業中心のモデルが60年代末には破綻し、80年代に掛けて、一転して中小企業中心、中規模地方都市中心の社会が目指されるようになり、それとともに歴史的遺産の大切さが見直されました。皆で議論したうえで、大規模開発型から保存・再生型の社会に早々と舵を切ったのです。
それによって、さらに地方都市周辺の田園、農村、農業の良さが見直され、イノベーションとブランド化が進み、世界中の人々の心を捉えました。これは日本が進むべき方向の一つではないでしょうか。
イタリアは今回コロナの発生源の一つのように言われますが、既に早くから「都市から地方へ」の移動が生じていたため、コロナへの対応も結果的に先取りできていたと言えます。

松田 なぜイタリアではそうした官民、個人を含めた発想の転換が可能だったのでしょうか?

陣内 イタリア人は大組織で画一的生産に携わることが気質に合わないようです。小さな組織でクリエイティブな感性が生かせるモノ作りをすることに生きがいを見出すところがあります。それが今開花し、そうしたスピリットが街づくりや農業ゾーンにも及んでいて、若い人が高いモチベーションをもって、ワインやオリーブオイル作りに励んでいます。そうした人たちは、地域のことを、歴史を含めて本当によく調べて知っています。地方の方が、大都会と比べてやれることが一杯あるというのも、やりがいに繋がっているのでしょうね。
自営業を目指し、親の職業を継ぐ人が多いのも特徴です。日本では一番若者が嫌うパターンですね。おじいさんのときから3代かけて蓄積したものをイノベーションで発展させて世界に打って出る、といったケースがいくらもあります。こうした世代を超えた繋がりをうまく生かすことは、今後の日本にとっても大事だと思います。

松田 組織や大企業に頼る方が居心地よく感じる日本人には、そうした取り組みは難しいのでしょうか。

陣内 いや、そうしたメンタリティは近代のどこかで作られた面があると思います。江戸時代の路地の入口には、中で商売している人の看板が沢山掲げられたりしていることなどに鑑みても、自立して商売するスピリットは昔から日本人の間にあったと思います。

松田 街づくりに関係して、観光産業においてこのところインバウンド(外国からの来客)に大きく依存してきたことが、コロナで裏目に出ている面がありますが、反省点は何でしょうか?

陣内 日本は、よさそうな方向性が見えると、皆そちらになびいて、全体のバランスが悪くなる傾向があります。例えば、私が長年街づくりに関わってきた銀座でも、表通りにフランスやイタリア系のブランド店が出て来て、外国人がそこで大量に買っていくという画一的なモデルが、コロナのせいで一気にダメになり、テナントも殆ど入れ替わったりして多くの人が困っています。
京都もベネチアもオーバーツーリズムで悩みながらも、同じようなモデルを受け入れてきましたが、コロナで見直しを迫られています。本当にその街を知りたいリピーター、その街に住みたいクリエイターや学生などが来てくれるのが地方観光都市の理想で、広場があって車がなく子育てに理想的なベネチアも、そうした道を模索しています。

松田 東京に話を戻して、当社や日銀が所在する日本橋界隈では今、高速道路地下化を含めた再開発が進んでいます。今後ますます魅力が増すと期待していますが、ベネチアとも比較される「水都 東京」の中で、日本橋の優位はどこにあるとお考えですか?

対談 陣内秀信教授
陣内秀信 法政大学特任教授(建築史・都市史)2

陣内 日本橋川は、ベネチアのカナル・グランデになぞらえられるくらい重要な幹線水路で、昔から江戸そして東京の中心、日本の中心でした。前回東京五輪の時に、高速道路の建設で水面が見えなくなってしまいましたが、それ以前、戦後しばらくの間も水面が生きていました。その証拠に、日証館、野村証券など、昭和初期に建てられた素晴らしい建物や、日本橋、常盤橋など格好いい橋が一杯残っています。
昭和に入っても、日本橋界隈はモダンなデザインの舞台でした。そして何と言ってもさらに古い明治29年に竣工した日銀本店です。日銀の本当の正面は日本橋川側にありました。川が動脈でしたから。まるでパリのルーブルを思わせる堂々たる建築です。貴賓室も水の側にありました。

高速道路が地下化されると、いずれ水辺が蘇ってきます。その時に、その空間を市民にも訪問者にも喜ばれるものにしていけるかが問われています。ぜひ昭和初期のように、皆で活発に議論して、日本橋の未来に生かして欲しいと思います。

松田 日本橋川から素晴らしい空間を見上げたことがない私には、どんな魅力が発見できるのか、まだ想像がつかないのですが、どのような点に注目するのがいいですか?

陣内 やはり船で通って水辺の空間の良さを体感することです。昔は日本橋川を利用した舟の交通はとても活発でした。江戸橋のたもとにある三菱倉庫の建物には、艀(はしけ)で運ばれた荷物が昭和初期の頃、最新鋭のクレーンで次々と川から陸揚げされていましたし、関東大震災の前、日本橋の魚河岸は舟でぎっしりでした。
こうした水運は、今でもまだまだ使える可能性があると思うので、採算上厳しい最初の段階は公的にサポートしつつ、舟が水辺を行き交う光景を作り出して、皆が眼差しを向けるようになれば、自然に人は水辺に繰り出すようになり、街は良くなっていくものです。
歴史的に見ても、水辺は人々が一番集まり易く、またくつろげる場所であり、芝居などの文化も水辺から生まれました。「日本には、ヨーロッパのように人々が集まる広場がない」と言われますが、実は水辺や橋のたもとにそうした空間があったのですね。日本橋の再開発が、そうしたコモン・スペースを取り戻すのに寄与して欲しいと思います。
その際、水辺にあまり高い建物を建てて日陰を作ってしまわないことが大切です。これはシンガポールなどでも留意されている点です。水辺の賑わいは日本のお家芸ですから、企業、公的部門、そして住民が力を合わせてそういう機運を盛り立てて欲しいと思います。大阪ではそうした機運が出て来ています。
官の街千代田区に対して、日本橋は元々商人の街です。近年、民間が力を合わせて街づくりの工夫をした結果、家族連れが夜遅くまで滞在する「生活感ある」エリアに変わりつつあるのは絶好のチャンスです。
さらに、日本橋川沿いには、歴史的な橋に加え、江戸城の石垣や御門跡がまだ多数残っているので、少し手を入れて鑑賞に耐えるよう空間を美しく整えることで、魅力的なマニアックツアーが企画できると思います。

松田からひと言

かねてご縁のあった陣内先生から、イタリア人の都市観には、図らずもコロナ「後」を先取りする要素があったと伺い、思わず膝を打ちました。
また、当社が所在する日本橋が、いかに水と縁が深く魅力に富むエリアか、何十年過ごしても気付けていなかった着眼点をお教えいただきました。

松田からひと言

対談映像はこちら

動画 「この人と心をカワセば」