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「Brexit交渉」丸わかり辞典

更新日:2017年6月23日

6月8日に実施された総選挙も終え、しばらく途絶えていた英国とEUとの離脱交渉が、19日から再開しました。

今回のコラムでは、日本ではなかなか入手できないBrexit交渉について、噛み砕いて説明しようと思います。ただし、交渉内容や方向性は、2年間に亘る交渉期間の中で、突如として変わることもありますので、今回の内容はあくまでも「現時点のもの」である点、ご理解いただけると幸いです。今後もBrexit交渉そのものについてや、EUと英国との温度差などについて、特集記事を書いていこうと思っています。楽しみにしてくださいね!

英国、EUそれぞれの主張

EUから離脱した国がないため、きちんとしたガイドラインが整備されていません。そのため、英国の主張、そしてEUの主張それぞれが微妙に違っています。

英国の主張

英国政府は、EU離脱交渉と貿易協定に向けた交渉は、並行して同時進行するのが望ましいという考えです。

EUの主張

これに対し、EU側は離脱に関わる「慰謝料」を含む交渉が最初。これが完全に合意に至ってから、貿易交渉を開始するという考えです。

英国側が譲歩?

6月19日、デービスBrexit担当相はブリュッセルに渡り、欧州委員会Brexit交渉最高責任者であるバルニエ氏と会談しました。総選挙での大敗、度重なるテロや災害の影響もあり、英国側は会談に向けてほとんど準備が出来ておらず、話し合いは一方的にEU側の要望を受け入れるだけとなったようです。そのため、その日は今後のタイムテーブルをおおまかに決め、本当の意味の「公式交渉」は7月10日から開始と決定されました。

このチャートは、欧州委員会のホームページに載っていた資料を基に私が作成したものです。ざっくりですが、タイムラインはこんな感じになるようです。

交渉ステージ1で協議する内容

まだ100%決定ではありませんが、EU側のタイムテーブルによると、今年いっぱいかけて、ステージ1(市民権/慰謝料額/アイルランド和平問題の3つ)について徹底的に話し合うつもりのようです。ここでは、それぞれの内容について、詳しくご紹介します。

市民権とは?

英国には、約300万人のEU加盟国の国籍を持つ人たちが住んでいます。そして、EUには約120万人の英国籍の人々が生活しています。これらの人たちとその家族も含め、移住権・医療・年金などにかかわる「権利」を明確にすることが最優先事項という点で、英国・EUとも異論はありません。

ちなみに、英国に住む「トップ5のEU国籍保有者」の出身国は以下の通りとなっています。

英国の離脱に伴う「手切れ金/慰謝料額」

Brexit交渉の中で最も厄介な問題が、英国がEUから離脱することによって生じる「手切れ金/慰謝料」です。その額は、550億ユーロとも、1,200億ユーロとも言われています。

そもそも、どうしてここまで高額の慰謝料を英国が支払わなければならないのか?この問題を説明するには、2013年まで遡らなければなりません。当時はギリシャ債務危機の悪化で、欧州すべての国で緊縮財政策が実施されていました。少しでも欧州の景気を浮揚させようと考えた欧州委員会は、毎年度の予算案に加え、2014年から2020年の7年間にわたる「多年次財政枠組み/中期予算案」を採択し、低迷するEUの経済や雇用促進を優先して予算の割り当てに動きました。

欧州の予算は加盟国による拠出金で賄われており、各国の拠出金の規模はGDPのサイズで決まります。EU内では2番目にGDPが大きい英国は、EUへの支払額も高額であり、当然EU中期予算案に向けた負担額も膨大なものとなりました。この動きに反対したのが、50名を超す保守党議員でした。当時のキャメロン首相は、これら造反議員をなだめるため、中期予算に対する拠出金支払い方法を、最初は少額のみ支払い、年を追うごとに額を増やす方法に変えて欲しいとEUに申し出たのです。そのため、英国はEUから離脱したとしても、2020年までEU予算に対する拠出金支払いの義務が残ったまま、という訳です。

現在わかっている額と内訳は以下の通りですが、報道各社によりかなりの開きがあります。そして、支払い方法や期間に関しては、未だに不明のままです。

出所:複数の報道

北アイルランドとアイルランド共和国との国境問題

6月13日のコラム記事からの抜粋になりますが、アイルランド和平合意を損ねるかもしれない北アイルランドとアイルランド共和国間の国境問題は、非常に深刻です。

北アイルランドでは、1960年代後半から紛争が続いていました。これは、カソリック系住民が北と南の統一(アイルランド共和国への帰属)を求め、英国連合王国への帰属を希望するプロテスタント系住民と対立したことから始まった紛争です。ちなみに、北アイルランドに住むカソリック系は4割に留まり、残り6割がプロテスタント系です。

私が渡英した1980年代当時は、カソリック系の反英武装組織:IRA(アイルランド共和軍)がイングランドの各地で爆破テロを続けており、道を歩いていると目の前のゴミ箱が爆発することが当たり前の恐い時代でした。

1997年、当時のブレアー首相(労働党)がIRAとの対話を始め、最終的に英国政府が北アイルランド地方議会を開設し、自治権を確立することを約束しました。そして、その翌年1998年に国民投票を実施し、アイルランド共和国が北アイルランド6州の領有権を放棄することに合意し、北アイルランドで続いていたカソリック対プロテスタントの戦いに終止符が打たれ、「ベルファスト和平合意」が結ばれました。現在に至るまで、北アイルランドとアイルランド共和国との間には、パスポートを提示しなければ通れないような「ハードな国境」はありません。

前置きが長くなりましたが、このような経緯があったため、英国政府は伝統的に北アイルランドに対し「ニュートラル」な姿勢を貫いています。言い換えれば、カソリック/プロテスタントそれぞれの住民を同じように尊重しており、プロテスタント系政党:DUP党とカソリック系政党:シンフェイン党を同列に扱ってきました。

今回の選挙では、保守党の議席が過半数に届かず、ハング・パーラメントとなりましたので、現在も保守党とDUP党との間では、協力協定に向けた話し合いが続いています。しかし、DUP党からの要求がどんどんエスカレートし、なかなか合意にたどり着けない状態です。

もしハードBrexitとなった場合、英国連合王国とEU加盟国との行き来には、パスポートチェックを含む国境検査が義務付けられます。北アイルランドも英国連合王国の一員ですから、北アイルランドとアイルランド共和国との間にも、原則的には国境検査を含む「ハードな国境」が敷かれることになるでしょう。しかし、1998年のベルファスト和平合意で「ハードな国境なし」と定められているため、Brexit後も例外的に北と南の間に国境は導入しない方向で話し合いが進められると予想されます。

この問題は非常に細かい点まで詰める必要があるため、最初から主席交渉者同士の話し合いをせずに、次官クラスの人たちが地ならしをして、最終案をトップが協議すると伝えられています。

ステージ1の交渉方法

3つのステージに分ける

上述のステージ1での協議内容に基づき、特に重要である3点、①金銭面、②市民の権利、③法律のグループに分け、それぞれの専門家グループを作ったようです。

交渉のタイミング

現時点では、デービスBrexit担当相とバルニエ欧州委員会主席Brexit交渉官は毎月一度、1週間ほど一緒に話し合いを持ち、残りの3週間は、そこでの決定に向けたテクニカル面からのサポートなどの調整に費やすと発表されました。

最初の協議項目となったのが、EUと英国それぞれに住む人達とその家族の「市民権」で、来週早々、英国政府が条件を提示し、話し合いがもたれることで合意しています。

英国は「ハードBrexit」姿勢を貫くのか?

6月8日に総選挙が実施されるまで、メイ首相は「ハードBrexit」を主張していました。ここでの「ハードBrexit」とは、移民の制限を最優先するため、欧州単一市場(シングル・マーケット)からも関税同盟(カスタム・ユニオン)からも離脱することを意味します。

しかし、総選挙でハング・パーラメントとなったことを受け、メイ首相の辞任は秒読み段階とも言われており、非常に不透明感が高まっています。それもあって、6月19日にBrexit交渉を再開するときも、デービスBrexit担当相は英国からの正式な希望条件を提示できなかったようです。

なお、上で示した②クロス・パーティーの意味ですが、保守党のメージャー元首相やヘイグ元外務相/元党首などの重鎮が賛成している案で、英国のEU離脱は国運を賭けたものであるため、保守党だけでなく、英国議会に所属する全ての政党(クロス・パーティー)の意見に耳を傾け、「英国議会のBrexit条件」を示すべきであるという考え方です。これについては、現在のところ、意見として出ているだけで、議会で正式に話し合われるかどうかも、わかりません。

ここからのポンド

ポンドは売りと買い、それぞれの圧力が高まっていると私は考えています。

売り要因

今週木曜日の英FT紙を読んでいたら、英国大手銀行が実施した顧客向けアンケート結果が載っていました。642社に及ぶ顧客に向けたBrexitに関するアンケートでした。

それによると、64%の顧客は、Brexit交渉が順調に進むとは思えないと予想しており、それが理由で英国のアセット(株や債券、通貨など)のパフォーマンスは悪くなるという考えが多かったです。その中でも特に私の目を引いたのが、ポンドでした。驚くことに「パフォーマンスの悪化を予想する顧客は70%」。それに対し、「20%がパフォーマンスは良くなる」と予想。「10%がわからない」となっており、差し引きすると「50%がポンドのパフォーマンスは悪化する」という結果になっていました。

具体的なポンドのターゲットは載っておりませんでしたが、これと同じ形式のアンケートを2016年6月の英国民投票前に実施しており、(当時のポンド/ドルは1.45/1.50台)「Brexitの場合、ポンド/ドルは、1.30/1.35台まで下落する」と予想しており、結果としてその方向に動いているので、このアンケート結果は常に頭の片隅に置きながらポンドの取引をしていこうと思っています。

買い要因

今週は英中銀関係者の発言で、ポンドのボラティリティーが上がりました。まず火曜日にカーニー総裁が、「数々の経済指標を見ているが、個人消費や企業投資に力強さがない。その中でも特に、賃金上昇率は利上げを正当化させるには、低すぎる。ここからは、個人消費の弱さを相殺するように、賃金が大きく伸びていくのかを見極めたい。そして、Brexit交渉が進むにつれて、英国経済の対応がどうなるのか、目が離せない」という趣旨の発言を、マンション・ハウスの講演でしました。

そしてその翌日、ホールデン英中銀主席エコノミストが、カーニー総裁とは真っ向から対立するような内容の講演をしました。この方は【ハト派】の理事で、賃金上昇率が弱いことと、Brexitによる不透明感が今後増すという前提をつけながらも、「(金融)引き締めを急ぎすぎるリスクと、待ちすぎて手遅れになるリスクのバランスの点から言えば、後者のリスクの方が大きくなってきたように感じる。昨年のBrexit直後に追加した緩和策については、年後半にも縮小/解除することが望ましい」と発言しました。

繰り返しになりますが、【ハト派】代表とも言える理事が、年内にも追加緩和策の解除という【タカ派】的発言を公の場で行なったことで、ポンドは大きく上昇しました。

このように、予期せぬタイミングでの要人発言やヘッドラインで、ポンドは大きく動きます。今後もBrexit交渉に関する要人発言などが多数出てくることが予想されます。今までずっと、チャートの形や経済指標だけを見てポンドの取引していた方も、これからはヘッドライン・リスクにも注意を払ってほしいと思います。